C-na Diary

しーなの もつれがちな日々

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

憧れ


昔から、漠然とだが理想や憧れのようなものを抱き、ぼんやりとそれを目指して生きているような気がする。

何歳くらいでこんな感じになっていたい、とか、何年先までにはアレをやっておこう、とか、何年後にはこういう所に住もう、とか、来年の今頃はこうしていよう、とか具体的に思い描くことは楽しい。
もちろん叶うことばかりではないが、それはそれ。
明日死ぬかもしれないが、それもそれ。
それこそが、人生。

音楽に対する想いはもちろんだが、
どういう女性でありたいか、ということもポイントだ。

過去の理想の女性像を思いおこしてみると、時代ごとにブームがあった。

10代の頃は、成人するころにはしっとりと落ち着いた大人のオンナになりたいと思っていた気がする。母の影響か、大和女らしく男性をたて、一歩下がって微笑んでいるような、凛と賢く美しい女性に憧れていた。寝間着も浴衣にしよう、とか思っていた。

いざ成人し社会に出ると、もうちょいキャリア組の、いわゆるデキル女が目標となった。独立して仕事をこなし、スーツ姿もステージドレスも、どちらもビシッとキメたかった。衣食住にちゃんとこだわりを持てる生活を目指し、それを支える仕事として音楽を成立させるべく、日々ガムシャラに頑張った。すこぶる勤勉な女だった。

20代半ばにさしかかると、ザ・若気の至りブームがやってきた。ゴージャスなオンナと呼ばれてみたくなり、ステージ衣装や普段着、下着、持ち物や装飾品、ライフスタイルに至るまでに、今では考えれない程のお金をかけてしまった。仕事道具とはいえ、薦められるままにピアノも次々と買ったりもした。得たお金は全て何かに注ぎ込むという、我が人生で最も浪費したアホな時期。何かの肥やしになったのだろうか?後悔先に立たずブームである。

30代は、結婚し母になったこともあり、一気に自然体であることへと傾倒した。着るものや食事、部屋のインテリアも自然派志向へと転換。このワタシが草木染めの服を着て、圧力鍋で無農薬野菜を料理するような、にわかロハスな暮らし。世の母親がおしなべてそうであるように、我が身は二の次三の次、いや四の次?なかなかに辛抱や我慢の多い日々であったが、その分精神的には随分と鍛えられたし、寛容さを身につけざるを得なかったとても貴重な時代。

40代。次第に、年相応なシンプルな暮らしがしたいと思うようになり、衣食住へのこだわりも、女としてのこだわりも、だんだんと姿を消していった。
力が抜けたのだろうか。
歳とともに、様々なことが、ただ、めんどくさくなっただけなのだろうか。

そして、その路線のまま、現在に至る。
シンプルで大ざっぱな、これまでで最も長続きするブームのようだ。


というわけで、
この先、こうやって月日を重ねていき、いずれ還暦を迎えるような齢の頃、いったいどのような女性になっていたいかを、静かに思う。

モノはもう本当にいらない。元来ブランド品等にこれっぽっちも興味がないのだが、かといって、本当に良いモノを大切に長く使いましょう、という気もない。

健康でありたいと願うが、必要以上に体に気を配るのは、結局は疲れてストレスになることも知った。

女性らしさはほとんど抜け落ちた気がするが、あまりに削ぎ落とし過ぎて、お爺さんと間違われるのも、セツナイ。
ま、そこそこに。


縁あって出会えた気の合う人と、
身の丈に合ったごく普通のモノ。
気張らず、焦らず、時々ワクワクしながら、
ちょっと可愛く生きていけないものだろうか。


人生の終盤戦に差しかかる頃
シンプルに
生きることイコール音楽をする人
であれるならば
それは本当に、最高だ。



ほどほどに健康な心と身体
小ざっぱりした自分の部屋
ちょっとだけ手のこんだ料理ができる小さなキッチン
体に合うシャツとジーンズ
お茶を味わう時間

たまにメールできる友だち


、、、あぁ、素晴らしい。

憧れるなぁ


そういうのを、隠居っていうのかなぁ?





20160311081200050.jpeg





スポンサーサイト
[ 2016/03/11 08:35 ] 日常 | TB(0) | CM(1)

しーなです。

我々がパーソナリティをつとめる広島FMの番組「Garage Songs」
おかげさまで内外に広く知られるようになり、今では遠方のリスナーもたくさんいらっしゃいます。
ツアーで各地を訪ねた時に「いつも聴いてるよ!」
などと声をかけていただくと、本当に嬉しいものです。

が、しかし!
たいへん残念なことに、
今月いっぱいで、番組そのものが終わってしまうのでございます。
我々はもちろん、制作クルーもFMのスタッフも、名残惜しい気持ちでいっぱいです。
ですが、これは、スポンサーが本来2年契約のところを1年延長して下さったという経緯もあり
3年間本当に楽しくお仕事をさせて頂いた、という感謝でしかないのですが。

また、いつの日か、どこかからお話があると嬉しいな、とは思っています。



さてさて、その番組でのひとコマ。

先日のオンエアで、
その日のテーマである美術の話題で、シュウがモディリアニが好きだと。
で、「印象派」について、という流れに。
印象派ってのは便利だよねぇ、自分はこう感じるって言ってしまえばいいんだもんなぁ、と(笑)。
(ユルいフリートークですので、厳しいご意見はナシでお願いします)
そこから話題は音楽へと移り、
ポップスって、つまりはざっくり言っちゃえば印象派の音楽だよね、と。
(厳しいのナシでよろしく)


、、、印象派の音楽。
こうである、というより、どう感じるか、というものでしょうか。
クラシックの概念で言えば、形式や手法は使わない、刹那よりも移り変わり、主観よりも雰囲気、輪郭よりも全体像、明確さよりも曖昧さ重視、、、みたいな。
確かにワタシ、幼い頃からドビュッシーやラヴェルのピアノ曲を好んで弾いてきました。おそらく印象派のモヤ感やハズシ感が好きなんだなぁ。
(ただ、ヘビロテで聴いたのはストラヴィンスキー!ピアノの先生にムカついた日はヘッドホン爆音で春の祭典!印象派じゃないけどさ!)


とかなんとか、、
番組の話に戻ります。
トーク中に、ふと、しーなとシュウは「印象派のユニット」なのではないか?ということに二人とも気づきまして(笑)、
「えせニック」というキャッチフレーズも10年以上使ったことだし、
この春から「印象派 歌謡デュオ」と名乗ってはどうだろう、と、笑って番組が終了しました。


「旅する 印象派 歌謡デュオ しーなとシュウ」

、、、いかがでしょうか。



IMG_1653.jpg





[ 2016/03/07 20:58 ] 音楽 | TB(0) | CM(0)

クマちゃんの


クリスマス!!!

意味なくワクワク〜
ちょっぴりドキドキ〜

今夜はまた満月ですもん
特別なことがあるわけじゃないけど、なんかいい夜だ。


ところで
ワタシ的に最古のクリプレの想い出は・・

4歳頃かな、朝起きたら枕元にあった
サンタさんからの、クマちゃんのおさいふとチューリップのハンカチ。

母はその頃、私と弟と田舎の一軒家に一日中いたわけだから
もしかしたら、アレ、父が買ってきたのかなぁ?
どこで買ったんだろう?
デパート?
確かめないうちに亡くなっちゃったな・・


ボロボロになるまで大事にしてたクマちゃん。
でも、なんせ昔のことだもの、、、どんなんだったっけ〜
詳しいディテールは忘れちゃったけど、
ぼんやりとイメージは・・


クマのさいふ・・・と。



kugama_00.jpg
いやいや、こんなんじゃない。




1537-nk0111-1.jpg
うーん、ちょっと違う・・




612x460_wlimited.jpg
お、
これに近いかな・・
このお顔でビニール製だ。


あ〜
もう一度会いたいなぁ・・
クマちゃんのおさいふ。

どこかで見かけた方は、おしえてくださいナ。




[ 2015/12/25 22:25 ] 日常 | TB(0) | CM(0)

茶柱

日常の些細な佳い兆しに、思わず気分が上がる、てことがありますね。

いわゆる、茶柱が立つ、ってヤツとかです。
日本人らしい、粋な吉兆ですよね。

が、残念ながら、
我が家ではそういうお茶の飲み方をしないので、茶柱に出会う可能性はほぼ無い。
そも日本茶はあまり飲まないし、大好きな昆布茶は粉。
紅茶はポットの中で見えないし、烏龍茶はティーバッグに入ってる。
ハーブティーもカモミールとか柱のないタイプだし、
ていうか、日々、ほぼ珈琲を飲んで暮らしています。
まこと残念なことです。


でね。
昨日の夜中、コンビニで買って帰った粒アイスに
6個中3つもレアものが入っていて驚いたのであります。
幸運のハート型とやらが2個と、願いの星型とやらが1個。
すぐにネットで、どのくらいの確率なのかを調べてみたら
1%以下の極めて稀なることらしい。

嬉しすぎてなかなか眠れなかったよん、もう。
単純(笑)。


さて、そんな縁起の波が押し寄せている本日ですもの。
せっかくなので担ぎまくって、なるべく佳いことをして過ごすモン!とか思っちゃうのであります。

思い込みって素晴らしいな。


明後日から師走ですねぇ。

20151129110014761.jpeg



[ 2015/11/29 11:00 ] 日常 | TB(0) | CM(0)

青い便箋

子供の頃、宇部でのおはなし。

6歳から17歳まで借家に住んでいました。
父の知人から借りたその家は、町中にありながらも門構えとお庭のついた旧家で、
父以外の家族は裏木戸から出入りしていました。
玄関脇の女中部屋と思しき3畳の部屋が弟に、ワタシには南側の角の4畳半の部屋が与えられ、古いけれど家族4人が住むには広すぎるくらいの家でした。

本題はここからです。
裏庭に大きな枇杷の樹が植わっていて、その樹の向こうに、いわゆる「離れ」がありました。
我が家用の裏木戸の横にもうひとつ木戸があり、離れへはそこから出入りするようになっていました。
一部屋しかないようで、当初は独り住まいのお年寄りが住んでおられました。

ある時、そのお年寄りが引っ越して行かれ、後から親子連れが越してきました。
お母さんと、息子二人。
母子家庭のようでした。
離れにはお風呂がなかったので、週に何回かは3人揃って、我が家のお風呂にそっと入りに来られていました。
お兄ちゃんは小学校中学年、弟は幼稚園くらいの大変に無口な兄弟で、ワタシが何度遊びに誘っても出てこようとしないので諦めていました。

離れと我が家は、裏庭を挟んで向かい合わせに建っていたので、その家の様子は、枇杷の樹越しにワタシの部屋からまるわかりでした。
子供心にその家族がけっこう気になっていたワタシは、しょっちゅう観察していました。

夕方になると、髪の長いお母さんが鏡台に座ってお化粧をしている姿が見えました。
息子たちはその脇でおとなしく遊んでおり、
そして、必ず井上陽水の「心もよう」が聴こえてくるのでした。
おそらくシングルレコードだったのでしょう。
何度も何度も繰り返しかかっていました。

「さみしさのつれづれに 手紙をしたためています あなたに…」

心もようを聴きながら、お母さんはお化粧を終え髪を整え、出かけて行きました。
その後は、次の日の朝までカーテンが閉められていました。

2年ほど暮らして、その親子は引っ越していきました。
結局、その兄弟ともお母さんとも、ただの一度も言葉を交わしませんでした。

そうして
その親子がワタシに井上陽水を刷り込みました。

お年玉で、即、アルバム「氷の世界」を買いました。

今でも猛烈にリスペクトする陽水ですが
「心もよう」はワタシにとって、ある意味特別な曲。


鏡台に映る寂しげな女性の横顔
日の当たらない部屋
裏木戸を引く音


「季節はめぐり あなたを変える……」


いい時代だったな。

日々に、
匂いというものがありました。



img_1.jpg






[ 2015/10/22 18:32 ] 音楽 | TB(0) | CM(0)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。